2008年8月12日火曜日

救出劇

第一報が入ったのは土曜日の午後8時を回った頃。
単独で沢に入ったメンバーからの下山予定の時刻を過ぎても下山の連絡がない。
単なる下山遅れか、はたまた遭難か。
事故に備えた体制を整えつつ、午後10まで連絡を待つ。


山岳会では、山行計画の事前提出と下山後の連絡を義務付けている。
連絡を受ける『下山連絡担当』は毎週、会のメンバーで持ち回りで受けもっていた。
提出された計画書によると、A沢を遡行したあとB沢下降することになっている。
下山予定時刻は午後8時。
周辺の情報によると、当日お昼過ぎには雷を伴う強い降雨があったとのこと。
安否が気遣われる。


この日、タイムリミットの午後10時を回っても下山連絡は無い。
下山連絡担当は、
  1. 警察に通報
  2. 遭難者の緊急連絡先に連絡
  3. 山岳会の会員に捜索の要請を行った。
会員への連絡方法はメーリングリスト。
メールを受信できる環境にいない会員は当然、連絡を受けるのが遅れる。
いち早く連絡を受けた会員5名が、その日のうちに現地入りすることが決まった。
翌日現地入りできるメンバーも10名程度集まった。


通常の土曜日であれば、ほとんどのメンバーは週末に山に入っているため連絡が付かない。
この日、これだけのメンバーが集まったのにはちょっとした理由がある。
翌週半ばから突入する長期休暇にあわせた合宿山行にむけて、皆準備に取り掛かり、今週末は山行を控えていたのだ。


会のメンバーによって結成された捜索隊は警察と連絡を取り合う。
警察では翌朝6時に捜索を開始するという。
夜のうちに現地入りしたメンバー5人は6時に捜索を開始できるよう準備を整える。
捜索方法も考える。


遭難の種類はさまざまだ。
道迷いか。そうであれば計画書で提出されたルート上では発見できない。
周囲の沢、尾根、すべてを隈なく探さなければいけない。捜索は長時間に及ぶだろう。

怪我などで移動できなくなったか。そうであれば、ルート上で発見できる可能性は大きいが、自立歩行が無理で搬出が困難になるだろう。


いろんな可能性を考える。
警察はルート通りにA沢を遡行しながら捜索を行うという。
であれば、会の捜索隊は下山ルートと考えられるルートから捜索を行い、日曜日に現地入りするメンバーは別の可能性のあるルートを捜索するのがよいだろう。


そしてつかの間の睡眠をとる。


翌朝、6時を過ぎても到着しない警察に業を煮やす。
6時というのは、捜索開始ではなく麓の駐在所の集合なので現場に6時に到着しないのは当然だ。

捜索開始の準備が整っている会の捜索隊は警察の救助隊と簡単に打ち合わせを行い捜索を開始した。
昨夜から現地入りしている会の捜索隊5人の編成は、1人がベースに残り、2人×2組で2箇所から捜索を行う。
連絡方法はアマチュア無線。

心配されるのは二次遭難。
捜索隊が遭難しては捜索の意味がない。
頻繁に連絡を取りながら、安全を優先して捜索を進める。

このエリアは初夏に沢登りに来た場所。
多少土地勘があったのはラッキーだ。
これから捜索しようとしたルートもそのとき通ったことがある。





捜索を開始して程なくすると、無線連絡が入った。
『発見!』と。
警察の救助隊が発見したのだ。
ほっと胸をなでおろしながら急いでベースに戻る。
思えばしかし、無線では安否については触れていない。

ベース戻ると残っているはずの一人も救助隊も誰一人としていない。
皆、A沢を遡行したのだ。
発見したタイミングからしても、そう遠くは無いはず。

捜索に当たった会のメンバー4人も、2人がベースに残り、2人が救助隊を追ってA沢を遡行した。

入渓して間もない、F1を越えたすぐ、F2の手前に全員が集まる。
そして遭難者。

意識はしっかりしている。顔面からは大量の出血。腕を上げるのが精一杯で自立歩行は不可能だ。
救助隊は担架を運び込む。負傷者を乗せ入渓地点まで運び出す。

入渓地点の道路にはすでに救急車が待機している。
救急車は負傷者を乗せると病院に連絡してヘリを要請。
近くのヘリポートに移動し、負傷者をヘリに移す。

まだ現地入りしていなかった会のメンバーには解散の連絡を入れる。
現地入りした5人は病院に移動する。
負傷者の家族には連絡を入れてあり、すでに病院に向かっているという。

家族と共に医師からの説明を聞く。
脳に少量の出血、右目付近の裂傷以外は大きな損傷は無いとのこと。
容態が急変しない限りは1週間程度で退院できるとのこと。
意識はしっかりしていたので面会もできた。


本人の話によると、入渓してまもなく、F2を巻き上がり沢に降りようとしたところ足を滑らせて滑落したそうだ。
川床には足からおちたが、勢いあまって体が回転して頭を打った。
時刻は朝の8時頃か。
意識が絶え絶えのなか、しばらく歩いたが途中で横になっていつの間にか眠ってしまったそうな。
目が覚めたときはすでに真っ暗。眠れぬ夜を過ごしたという。
実に丸一日、負傷したまま横になっていたことになる。


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